大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和62年(行ツ)14号 判決

上告人

越山康

右補助参加人

別紙補助参加人目録(一)(二)記載のとおり

右目録(一)記載補助参加人ら訴訟代理人弁護士

村田裕

被上告人

東京都選挙管理委員会

右代表者委員長

岡田幸吉

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人及び上告補助参加代理人村田裕の上告理由について

昭和五七年法律第八一号による改正前の公職選挙法は、参議院議員の選挙について、衆議院議員のそれとは異なる選挙制度の仕組みを設け、参議院議員を全都道府県の区域を通じて選挙される全国選出議員と都道府県を単位とする選挙区において選挙される地方選出議員とに区分していた(四条二項、一二条一項、二項)。地方選出議員の定数配分を定めた同法別表第二の規定は、昭和四六年法律第一三〇号により沖縄の復帰に伴い新たに議員数二人が付加されたほかは、参議院議員選挙法(昭和二二年法律第一一号)別表の定めをそのまま維持したものであつて、その制定経過に徴すれば、憲法が参議院議員は三年ごとにその半数を改選すべきものとしていることに応じて、各選挙区を通じその選出議員の半数が改選されることになるように配慮し、定数一五二人のうち最小限の二人を四七の各選挙区に配分した上、残余の五八人については人口を基準とする各都道府県の大小に応じ、これに比例する形で二人ないし六人の偶数の議員数を付加配分したものであることが明らかである。

右の選挙制度の仕組みは、参議院議員については、国民代表としての実質的内容ないし機能に衆議院議員とは異なる独特の要素を持たせるべく、全国選出議員については職能代表的な色彩を持たせ、また、地方選出議員については地域代表の要素を加味しようとする趣旨で定められたものであつて、国民各自、各層の利害や意見を公正かつ効果的に国会に代表させるための方法として合理性を欠くものとはいえず、国会の有する立法裁量権の合理的な行使の範囲を逸脱するものであるとは断じえないものであり、右のような選挙制度の仕組みを採用した結果、各選挙区の議員一人当たりの選挙人数に較差が生じ、そのために選挙区間における選挙人の投票の価値の平等がそれだけ損なわれることになつたとしても、これをもつて直ちに議員定数の配分の定めが憲法一四条一項等の規定に違反して選挙権の平等を侵害したものとすることはできないといわなければならない。すなわち、右のような選挙制度の仕組みの下では、投票価値の平等の要求は、人口比例主義を基本とする選挙制度の場合と比較して一定の譲歩、後退を免れないのである。また、社会的、経済的変化の激しい時代にあつて不断に生ずる人口の異動につき、それをどのような形で選挙制度の仕組みに反映させるかなどの問題は、複雑かつ高度に政策的な考慮と判断を要求するものであつて、その決定は、右の変化に対応して適切な選挙制度の内容を決定する責務と権限を有する国会の裁量に委ねられているところである。したがつて、議員定数配分規定の制定後人口の異動が生じた結果、それだけ選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が拡大するなどして、当初における議員定数の配分の基準及び方法と現実の状況との間にそごを来したとしても、その一事では直ちに憲法違反の問題が生ずるものではなく、その人口の異動が当該選挙制度の仕組みの下において投票価値の平等の有すべき重要性に照らして到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等状態を生じさせ、かつ、それが相当期間継続して、このような不平等状態を是正するなんらの措置をも講じないことが、複雑かつ高度に政策的な考慮と判断の上に立つて行使されるべき国会の裁量的権限に係るものであることを考慮してもその許される限界を超えると判断される場合に、初めて議員定数の配分の定めが憲法に違反するに至るものと解するのが相当である。

以上は、当裁判所の判例(最高裁昭和五四年(行ツ)第六五号同五八年四月二七日大法廷判決・民集三七巻三号三四五頁)の示すところである。昭和五七年法律第八一号による公職選挙法の改正により参議院議員の選挙について拘束名簿式比例代表制が導入され、参議院議員は、都道府県を単位とする選挙区ごとに選出される選挙区選出議員と各政党等の得票に比例して選出される比例代表選出議員とに区分されることとなつたが、選挙区選出議員は従来の地方選出議員の名称が変更されたにすぎないものであり、比例代表選出議員も、全都道府県の区域を通じて選挙されるものである点においては、従来の全国選出議員の場合と変わりがないということができ、右改正後の選挙制度の仕組みは、国民各自、各層の利害や意見を公正かつ効果的に国会に代表させるための方法として合理性を欠くものとはいえず、国会の有する立法裁量権の合理的な行使の範囲を逸脱するものであるとは断じえない。

ところで、原審の確定したところによれば、本件議員定数配分規定につき人口の異動に対応した是正措置が講ぜられなかつたことにより、昭和五八年六月二六日の本件参議院議員選挙の当時においては、選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の較差が最大一対5.56に拡大し、かつ、いわゆる逆転現象も一部の選挙区の間に生じていたというのである。しかしながら、選挙区選出議員の議員定数の配分と選挙人数に右のような不均衡が存したとしても、それだけではいまだ違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするに足りないというべきことは、前記大法廷判決の趣旨に徴して明らかであり、したがつて、将来右較差が更に拡大し、当該選挙制度の仕組みの下においても到底看過することができないと認められる程度の投票価値の著しい不平等を生じさせ、かつ、その状態を相当期間放置したことが国会の立法裁量権の限界を超えると判断される場合は格別として、本件選挙当時においては、いまだ本件議員定数配分規定が憲法に違反するに至つていたものとすることはできない。

以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大内恒夫 裁判官角田禮次郎 裁判官髙島益郎 裁判官佐藤哲郎 裁判官四ツ谷巖)

別紙補助参加人目録(一)(二)〈省略〉

上告人及び補助参加人代理人村田裕の上告理由

原判決には憲法一四、一五、四三および四四条の各規定の解釈を誤った違法があります。

第一点 投票価値の平等と国会の裁量権について

一、原判決は、わが憲法下における選挙権平等の原則が投票価値の平等をも保障するものであることを宣明した上、投票価値の平等と国会の裁量権について、次のように説いています。

「……投票の価値の平等は、必ずしも絶対的なものではなく、憲法は、国会の議員の選挙について、およそ議員は全国民を代表するものでなければならないという制約の下で、議員の定数、選挙区、投票の方法その他に関する事項は法律で定めるべきものとし(四三条、四七条)、どのような選挙の制度が国民の利害や意見を公正かつ効果的に国会に反映させることになるかの決定を国会の広い裁量に委ねている。それゆえ、憲法は、右の投票価値の平等を選挙制度の仕組みの決定における唯一、絶対の基準としているものではなく、国会は、正当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由をも斟酌して、その裁量により衆議院議員及び参議院議員それぞれについて選挙制度の仕組みを決定することができるのであって、国会が具体的に定めたところのものがその裁量権の行使として合理性を是認しうるものである限り、それによって右の投票価値の平等が損なわれることとなってもやむを得ないものと解するのが相当である」(三五〜三七頁)。

二、これは昭和五八年四月二七日言渡しの最高裁判所大法廷判決に倣ったものですから、この点について原判決を論難することは、すなわち右の大法廷判決を批判することにほかなりません。

さて、右の大法廷判決の判示するところは、選挙権の平等、投票価値の平等の原則を憲法上の要請としながら、それが議員定数の配分にあたっての立法裁量を制約する基準とはなり得ず、かえって逆に裁量に合理性が認められる限り、右の原則が譲歩、後退を強いられてもやむを得ないとして、選挙当時における選挙区間の議員一人当り選挙人数の最大較差が5.26倍を示した議員定数配分規定を違憲ではないと断じました。

そのため、本来、代表民主制における憲法原理の核心部分というべき選挙権の平等、投票価値の平等の原則が具体的な選挙制度の定立という立法裁量レベルにおいて、抽象的な裁量権の行使の合理性の名の下に容易に制約、排斥され、したがって議員定数配分上の最重要基準とされるべきであり、かつ、すでに昭和五一年四月一四日言渡しの最高裁判所大法廷判決によって確立された議員定数配分における人口比例の原則が非人口的要素によって著しく軽視される結果となっています。

思うに、わが憲法が保障する選挙権の平等(一四条)、選挙に関する基本原則(一五、四三および四四条)はいずれも、憲法自身が定める特別の留保、例外がない限り、選挙における区制であれ、投票の方法であれ、運動であれ、費用であれ、立法政策上最大限に尊重されるべきものです。

したがって、選挙区制度や議員定数配分の問題がすべて立法府の裁量に委ねられていると解することは、結果的には、右の諸条項に抵触する事態を招く虞れがあり、本件選挙時においては、まさにそのような事態となっているものといわざるを得ません。

三、この点を看過した原判決には憲法規範上の価値判断の誤りがあり、ひいては憲法解釈の誤りがあることは明らかですから、原判決は破棄を免れず、かつ、それが拠った前記大法廷判決が変更されるべきであることもまた、当然です。

第二点 いわゆる人口(選挙人数)較差と逆転現象について

一、原判決は、人口移動の結果、到底見過すことができないような投票価値の著しい不平等状態が生じ、それが相当期間継続して、その是正措置を講じないことが国会の裁量的権限を超えた時に、議員定数配分規定は違憲となるとした上、いわゆる人口(選挙人数)較差と逆転現象について、次のように説いています。

「……右大法廷判決において国会の立法裁量権の許容限度を超えて違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態が生じていたとするには足りないとされた昭和五二年七月一日の第一一回参議院議員選挙当時の選挙区間における議員一人当りの選挙人数の最大較差5.26対一は、本件選挙当時までに5.56対一に拡大され、かつ、本件選挙当時にも逆転現象が一部の選挙区において見られたとはいえ、なお右先例における選挙当時と大きく異なるところがあるとはいえない」(四三〜四五頁)。

二、これも昭和五八年四月二七日言渡しの最高裁判所大法廷判決に倣ったものですから、この点について原判決を論難することは、すなわち右の大法廷判決を批判することにほかなりません。

右の大法廷判決は、いわゆる逆転現象が一部の選挙区において見られることが、その限りにおいて、当初における議員定数の配分の基準および方法と右のような現実の配分の状況との間にそごを来してることを認めています。

なるほど投票価値の平等が事実上後退させられざるを得ない具体的な選挙制度は実在し得ます。本件選挙当時における選挙区選出議員選挙の議員定数配分規定である公職選挙法別表第二が定める四七選挙区に同選出議員総数七六を最大剰余法を用いて配分する場合、選挙区間における議員一人当りの選挙人数の最大較差が4.04対一を下らないことは数理上明らかです(原判決別表8参照)。

そこで今、かりにそのような選挙区および選出議員総数の各制度の選択が立法府の裁量権の範囲内のものであることを承認するとします。

その上で、右の立論によっていわゆる逆転現象の放置、承認を正当化することができるでしょうか。否、それは不可能であるというべきです。その理由は、いわゆる逆転現象が議員定数配分上の背理の現象であって、いかなる場合でも容易に是正することができるものであるという点において、まさに不合理の最たるものであるというところに尽きます。

思うに、いわゆる逆転現象は、突発的な人口変動などそれに対処すべき立法上の措置が間に合わないというような不慮の事態によって生じる場合を除いては、是認の余地はありません。それはいわば量の多少の問題ではなく、議員定数配分制度のいわば質の問題なのです。

三、この点を看過した原判決には憲法規範上の価値判断の誤りがあり、ひいては憲法解釈の誤りがあることは明らかですから、原判決は破棄を免れず、かつ、それが拠った前記大法廷判決が変更されるべきであることもまた、当然です。

総じて、参議院議員定数配分不均衡にかかる憲法論における現下の最緊急事は、判例に見られる水かけ論議の止揚にあるといえましょう。わが憲法の要請する民主政治の公正を確保することは、この際、司法府が「政治の茂み」に深く立ち入ることによって有効、適切に達成されると考えられるからです。

われわれは貴裁判所の英断を切に期待して、筆をおきます。

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